「パチンコのような単純さ」で1000万ユーザー獲得 グリー田中社長が語るヒットの極意 (1/2)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1009/02/news056.html
ブコメは非難の嵐だけど僕は田中社長には志を感じる。ではなぜユーザの見栄をついて利益をあげるようなサービスをグリーは、やっているのか。
Mixiより先にSNSを始めるなど、田中社長は元々時代の先端を行くようなサービスを作っていた。そして、モバイルの可能性・ポテンシャルの大きさに目をつけてガラケー向けのサービスを始める。この時点では、田中社長はガラケーユーザの傾向などを深くまで把握してなかったのではないだろうか。
今でこそスマートフォンがあるが、当時ネットのヘビーユーザーはガラケーよりPCでネットにアクセスしていたと記憶している。ガラケーはネットに詳しくないライトユーザーやPCを買えない学生などがほとんどを占めていたはず。
しかし、その層には、技術的にイノベーティブなサービスは届かない、凄さが理解されない。もし、GREEがガラケーでそのようなサービスを提供していたら、今のような成功はしていないだろうし、ユーザも少ないマイナーサービスとして、ヘビーユーザーの話題になることもなかったのではないか。
技術的に優れたサービスを正当に評価するには、時にある程度のネット知識が要求される。ガラケーのユーザー層を把握した田中社長は、自己満足な技術志向サービスをやめ、ユーザーに要望されるものを提供しようと思ったのではないか、というのが自分の見解である。
さて、良いサービスは、イノベーティブなものだけでなく、人々の生活を豊かにするという方向性のものもある。人の見栄をつくのではなく、人を楽しませるようなものは出来なかったのか。
これも、そもそも、生活を豊かにしたい、人生楽しみたいというユーザーがいなかったからというのが自分の見解。そんなまさか、人生楽しみたくない人なんかいないだって?正確に言うと、人生を楽しむよりも優先するものがあったといったほうがいいかもしれない。
欲望には段階があるとか誰かが言っていたような気がする。生理欲求、安全欲求とか低い次元の欲求が満たされてやっと、高次の欲求が出てくるらしい。実は、人生を楽しむとか、かなり高次の欲求なんだよね。ガラケーメインユーザの学生で、人生にまったく不安はなく、余裕を持って楽しめてる層がどれだけいるだろう。
人は、自分に生きる価値がないと思うと、とてもじゃないが人生を楽しんでいる余裕はなくなってしまう。親に面倒を見てもらっており、社会に出て人の役に立つという経験をしてない学生は、なかなか自分の価値を認められず、友達からの承認を欲するようになる。大人になって、気楽な1人が好きになった人も、学生の頃は友達欲しいなと思ってたんじゃない?
つまり、ガラケーのユーザーは豊かな人生より友達からの承認を求めていたということ。GREEのソーシャルゲームは、その要求に正面から答えている。学生はしがらみの多いSNSを好み、自由なTwitterに魅力を感じない。GREEが人生の楽しさを提供するようなサービスを始めていたら、どうなってたかはちょっと分からないけど、GREEにとって、そんなに誤った選択をしてきたとは僕は思わない。
まとめると、田中社長には志があるのだが、ポテンシャルに惹かれて始めたケータイ事業では、イノベーティブなもの、人生を豊かにするサービスを提供してもダメだと考えたんじゃないかと。今後、スマートフォン事業が進展すれば、またGREEの違った面も見れるかもしれない。
~ 蛇足 ~
うちが、セカンドライフで提供してるクリエモンというサービスがありますが、これはモロにイノベーティブで人生を楽しくする方向を目指したもの(だと自分は思っている)です。しかし、これを理解してくれる人は、セカンドライフにはなかなかいません。
テキストインターネットを使いこなすネットのヘビーユーザーほど、セカンドライフは嫌う傾向にあります。実際、大手広告代理店とかにつられてきたIT音痴のオッサンとかがいっぱいいたりします。
しかも、個人的には、しがらみの多い仮想世界は、ガラケーを使うような若いユーザに向いてると感じています(今は18歳以上じゃないと入れないけど)。
どうも、立場的に田中社長と被るようなものを感じたので、今回のエントリを書いたのでした。さて、うちはどういう方向を目指していけばいいのやら。